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第2話 石橋を叩いて壊す者2

Auteur: 月城葵
last update Date de publication: 2026-06-15 12:04:39

 自由都市ペテルの朝は、いつも騒がしい。

 ギルドの大扉が開けば、酒臭い冒険者が二日酔いで転がり込み、その横で新米が「今日こそは!」と張り切って受け付けに並んでる。

 受付嬢のカエデは笑顔でさばいてるが、目だけは笑ってない。

 あれが本当の営業スマイルってやつだ。

 奥の掲示板にはクエスト用紙がぎっしり貼られていて、どれも「ゴブリン討伐」「魔物の巣駆除」「護衛依頼」……。

 毎度のことだ。

 そんな喧騒を背に、俺は机で報告書をまとめている。

 二十歳そこそこの若造が書き物してりゃ浮くのは当然だが、俺は調査員。

 依頼の成否を判断するのが仕事だ。

 ……まぁ、俺自身、周りと同じノリをやる気もないけどな。

「あの、アルディン先輩……この依頼、危険度三でいいんですかね?」

 隣の机に腰掛けたのは、入ったばかりの新米調査員。

 緊張で声が裏返ってる。

 俺はちらりと用紙をのぞいて、首を横に振った。

「魔物の出没地点が街道沿いになってるだろ。通行人を襲うリスクを考えれば、最低でも五だ。金額も上乗せ」

「あ、そ、そうなんですか……!」

 こいつら新米は、危険度を魔物の強さだけで決めようとする。

 本当は地形や人の往来、季節の影響だって無視できない。

 石橋を叩いて壊すくらいで、ちょうどいいんだよ。

「さすがっすね、アルディン先輩。やっぱり元冒険者だから、現場慣れしてるんですね」

 ……おい、その噂どこから漏れてんだ。

 冒険者時代の話は、正直あまり触れられたくない。

 冒険者は怪我で引退した──そういうことになっている。

 本当の理由?

 それは……まぁ、胸の奥に仕舞っておくさ。

 いちいち説明するのも面倒だし、知ったところで誰も得しないしな。

 書類仕事を終えてギルドを出れば、そこはいつものペテルの街並みだ。

 石畳の大通りには、屋台の匂いと人の声が入り乱れている。

 通りの角では、赤毛のテッタが店先で大声を張り上げていた。

 テッタは「今日もおまけつけとくよー!」なんて笑顔を振りまきながら、冒険者相手に鍋いっぱいのシチューを売りつけている。

 元気なのは結構だが、あれは半分押し売りだろう。

 向かいの酒場に視線を向ければ、準備中の看板を設置しているジョナスが見える。

 胸元に蝶ネクタイなんか締めて、今日もダンディにしているが──あの人、酒に弱い。

 客のグラスを眺める顔が、いつもちょっと辛そうなのは内緒だ。

 道端では洗濯物に風魔法をかけて乾かす主婦、子どもが光魔法で小さな明かり玉を飛ばして遊ぶ姿も目に入る。

 魔法は戦いのためじゃなく、こうやって生活に溶け込んでいる。

 ……まぁ、その魔法をどう使うかで、人の生き死にが分かれるのも事実だけどな。

 そうそう、調査員の仕事なんて、大抵は退屈なもんだ。

「近郊で魔物の目撃情報が増えているから、確認してこい」──今日の依頼もその程度。

 森の外れを歩き回って、足跡と糞を調べて、「はい群れが増えてますね」で終わり。

 ……そう思ってたんだがな。

 森の奥に入るにつれて、空気が妙に重くなった。

 鼻にまとわりつくような、濃い魔素の匂い。

 普通の魔物の群れじゃこうはならない。

 さらに進むと、地面に黒焦げになった金属片が転がっていた。

 拾い上げてみると、魔道具の残骸。

 誰かが使い捨てたにしては、術式がぐちゃぐちゃに焼き切れている。

 ……暴走、か?

 誰がどう使ったのかは知らないが、少なくとも自然に壊れたもんじゃない。

 俺? もちろん持ち帰るさ。

 調査員ってのはそういう泥臭い仕事がメインだ。

 戦うより、拾う。

 ……いや、悲しいけどマジで。

 似たようなの、先日もあったよな……。

「ったく、面倒ごとの匂いしかしねぇぞ」

 ペテルに戻ると、街は夕飯時でちょうど賑わっていた。

 通りを進めば、道具屋のタマ婆さんが新米冒険者を叱り飛ばしていた。

「その薬草はただの雑草だよ! 目ぇ節穴かい!」

 あれでも世話焼きで、失敗したやつにはきっちり本物を握らせている。

 魔道具屋のゼットの店先では、照明石がほのかに光っている。

 小型の魔石を組み込んだ照明具。

 街灯代わりにあちこちで使われているが、火と違って煙も出ないし、洞窟でも安全だ。

 その代わり、魔石代がバカにならないから庶民には縁遠い。

 おっと、道草してる場合じゃない。

 ギルドの扉を開けると、例の喧騒が耳に飛び込んでくる。

 冒険者は元気だねぇ。

 こっちは胃が痛くなってんのに。

「戻りました」

 受付前で新人が揉めてる声を横目に、俺は机に報告書を置く。

 机の奥に座っているのは、丸眼鏡かけて報告書を読んでいるマルセル課長。

 見た目はただの温厚なおっさんだが、ああ見えて、俺の報告はちゃんと読んでくれる。

 ありがたい上司ってのは、どこの世界でもレアものだ。

「魔素が濃い、魔道具の残骸……なるほどな」

「ええ。たぶん誰かがヘマをしたか、わざと隠したか。そのどっちかでしょうね」

 課長が真剣に顎を撫でてる横で、隣の席から軽口が飛んでくる。

「ははっ、アル、それってただの壊れかけの道具じゃねぇの? 大げさだなぁ」

 ナック。

 俺の同僚にして、陽気さで人の神経を逆なでする天才。

 いや、悪い奴じゃないんだが……こいつの楽天家っぷりに、何度胃薬を増やされたことか。

「……石橋は叩いて壊して、自分で作るもんだろ」

 俺がぼそっと返すと、ナックは「は?」って顔。

 課長は逆に小さく笑って頷いた。

 ……ああ、やっぱりこの人、わかってる。

 だけどまぁ、あんな焼き切れた魔道具なんて。

 ……ったく、さっき「面倒ごとの匂いしかしねぇ」って言ったばかりだろ、俺。

 本当に勘弁してほしい。

 俺の脳裏に、あの魔女の言葉が甦る。

 ――どんな世界にも裏はある。

 ほんと、その通りだよ、母ちゃん。

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